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感情は、敵ではない。|独創誠心 – DOKU SOU SEI SIN – #025

独創誠心 -DOKU SOU SEI SIN-

人間というものは、実に不思議な生き物だと思う。

嬉しいことがあれば笑い、悲しいことがあれば涙を流す。

誰かの成功を心から喜べる日もあれば、なぜか素直に喜べない日もある。

腹が立つこともある。
悔しくて眠れない夜もある。
理由も分からず、不安になることだってある。

そして、そんな自分の感情を嫌いになってしまうことがある。

「こんなことで怒る自分は、心が狭いのだろうか」

「誰かを羨ましく思う自分は、醜いのだろうか」

「もっと強い人間なら、こんなことで落ち込まないはずだ」

けれど、僕は思う。

感情を持つことと、その感情に振り回されることは、まったく別の話ではないだろうか。

怒りの奥には、何があるのだろう。

人が怒るとき、そこには何かしらの理由がある。

大切にしているものを傷つけられた。

信じていた相手に裏切られた。

自分の努力を軽く扱われた。

あるいは、自分ではどうにもできない現実に、苛立っているのかもしれない。

もちろん、怒りのすべてが正しいわけではない。

思い込みや誤解から生まれる怒りもある。

だからこそ、怒りを感じたときには、少しだけ自分に問いかけてみたい。

「僕は、何に対して怒っているのだろう」

「本当は、何を分かってほしかったのだろう」

怒りの奥を覗いてみると、そこには悲しみや悔しさ、寂しさが隠れていることもある。

ただ腹を立てて終わるのではなく、その理由を理解する。

それだけでも、感情との向き合い方は変わってくると思う。

嫉妬する自分を、否定しなくてもいい。

誰かが成功したとき。

自分より先に夢を叶えた人を見たとき。

心から祝福したいのに、胸のどこかが苦しくなることがある。

そんな経験は、決して珍しいものではないと思う。

僕は、嫉妬という感情そのものを、必ずしも悪いものだとは考えていない。

なぜなら、誰かを羨ましいと思う気持ちの中には、自分が本当に望んでいるものが隠れていることもあるからだ。

「あの人のようになりたい」

「自分も、あんなものを創ってみたい」

「本当は、もっと挑戦したい」

そんな心の声に気づくことができれば、嫉妬は自分自身を知るきっかけにもなる。

ただし、その感情を理由に、誰かを傷つけたり、足を引っ張ったりしてはいけない。

誰かの成功を壊すことと、自分の可能性を育てることは、まったく違う。

他人を引きずり下ろすために力を使うより、自分が一歩でも前に進むために使ったほうがいい。

僕は、そう思う。

感情を抑えることが、強さなのだろうか。

大人になるにつれて、僕たちは感情を表に出さないことを覚えていく。

仕事では冷静でいなければならない。

人前では取り乱してはいけない。

弱音を吐いてはいけない。

もちろん、社会の中で生きていく以上、感情をそのままぶつけない配慮は必要だ。

けれど、それと感情を持ってはいけないということは違う。

悲しいのに、悲しくないふりをする。

傷ついているのに、平気な顔をする。

本当は限界なのに、何も感じていないように振る舞う。

そんなことを繰り返していると、自分の心が何を訴えているのか、分からなくなることもある。

強さとは、何も感じなくなることではないと思う。

悲しいときに、悲しいと認められること。

腹が立ったときに、怒りを感じながらも、相手を傷つけない方法を選べること。

不安を抱えながら、自分に必要な行動を考えられること。

感情を消すのではなく、感情と理性を共に持つこと。

そこに、人間としての強さがあるのではないだろうか。

感情は事実でも、判断が正しいとは限らない。

ここで、ひとつ大切にしたいことがある。

それは、自分が感じた感情と、目の前で起きている事実を区別することだ。

例えば、誰かから返事が来なかったとする。

「無視された」

「嫌われているのかもしれない」

そう感じて、不安や怒りが生まれることもあるだろう。

けれど、相手は単に忙しかっただけかもしれない。

体調を崩していたのかもしれない。

つまり、不安を感じたことは事実でも、その不安から生まれた解釈まで事実とは限らない。

感情が強いときほど、人は自分の考えを正しいと信じやすくなることがある。

だからこそ、少しだけ立ち止まって考える。

「これは事実なのか。それとも、僕の想像なのか」

その問いかけは、自分を守ることにも、誰かを不必要に傷つけないことにもつながる。

感情は大切にする。

けれど、判断まで感情だけに任せない。

その両方が必要なのだと思う。

心が動くから、人は何かを創り出せる。

僕は、デザインを考えるときにも、感情というものが大きく関わっていると感じる。

美しいと思う気持ち。

悔しさから生まれる反骨心。

誰かを驚かせたいという好奇心。

言葉では表現しきれない寂しさや、心の奥に残っている記憶。

そうした感情が、色や形、言葉になって表れることがある。

理性や知識は、作品を完成させるために必要だ。

けれど、そもそも何かを創りたいという衝動は、心が動くところから生まれることも多い。

人間が何も感じなくなってしまったら、いったい何を表現したいと思うのだろう。

怒りも、悲しみも、喜びも。

それらは時として苦しいものだけれど、自分自身の感性を知るための手がかりにもなる。

大切なのは、感情に自分の人生を壊させないこと。

そして、その感情が教えてくれるものを、見失わないことだと思う。

心を支配するのではなく、心を理解する。

人生には、自分の思いどおりにならないことがたくさんある。

人の気持ちも、世の中の出来事も、過ぎてしまった時間も。

自分の力では変えられないものがある。

そして、自分の感情さえ、いつも自由に選べるわけではない。

突然悲しくなることもあれば、思いがけない一言に傷つくこともある。

それでも、その感情をどう受け止め、次に何をするかについては、考える余地がある。

すぐに答えを出せないときは、時間を置いてもいい。

信頼できる誰かに話してもいい。

言葉にできないなら、紙に書いてみてもいい。

大切なのは、感情を無理やり押し込めることではなく、自分が何を感じているのかを知ろうとすることだ。

僕たちは、機械ではない。

だから、いつも冷静でなくてもいい。

いつも前向きでなくてもいい。

ただ、自分の心が生み出した感情によって、自分自身や誰かの大切なものを壊してしまわないように。

そこには、理性と意志が必要なのだと思う。

― 独創誠心 ―

怒りを知っているからこそ、
優しさを選べることがある。

悲しみを知っているからこそ、
誰かの涙に気づけることがある。

悔しさを知っているからこそ、
新しい何かを創り出せることがある。

感情を持つ自分を、
恥じる必要はない。

けれど、
その感情に人生の舵を
すべて預ける必要もない。

心が動くことは、
生きている証でもある。

その心を理解し、
自分の意志で進む道を選ぶ。

感情は、敵ではない。

それは、
自分という人間を知るための、
大切な声なのだから。

Feel your emotions. Understand their meaning. Choose your actions with intention.

KENJI FUKUMOTO

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