はじめに。
この文章を、どんな人が読むのかは僕にはわからない。
学校でいじめられている人かもしれない。
家で虐待を受けている人かもしれない。
DVから逃げたいと思っている人かもしれない。
会社に行くことが苦しくて、毎朝、布団から出ることさえ嫌になっている人かもしれない。
お金がなくて、明日どうやって生活するのか分からない人かもしれない。
家族の問題を一人で抱えている人かもしれない。
誰にも相談できず、
「もう、どうにもならない。」
そう思っている人かもしれない。
だから、最初に一つだけ伝えたい。
あなたが今いる場所が、人生のすべてではない。
そして、
今の苦しさが、そのまま一生続くと決まったわけでもない。
人は、追い詰められると「選択肢」が見えなくなる。
本当に苦しいとき、人は冷静に未来を考えられなくなることがある。
目の前の問題が大きすぎて、
「ここから逃げることもできない。」
「誰にも頼れない。」
「お金もない。」
「居場所もない。」
「もう終わるしかない。」
そんなふうに、一つの道しか見えなくなってしまう。
でも、本当は違う。
道が一つしかないのではなく、苦しさによって他の道が見えなくなっているだけかもしれない。
だから、人生のすべてを一度に解決しようとしなくていい。
まず、
「今日をどうするか。」
それだけを考えていい。
「逃げる」は、人生を諦めることではない。
僕は、以前の「独創誠心」で、
今いる島から一歩踏み出す。
という話を書いた。
でも、今回もう一度、これを伝えたい。
その一歩は、
「夢に向かって走り出す」
というような立派なものじゃなくていい。
危険な場所から離れることだって、一歩だ。
いじめられている学校から離れる。
暴力のある家から離れる。
自分を壊してしまいそうな職場から距離を置く。
嫌な人間関係から離れる。
一度、実家を離れる。
相談できる場所へ行く。
それも全部、
生きるための一歩だ。
逃げることを恥ずかしいと思わなくていい。
生きるために逃げたのなら、
それは逃げではない。
避難だ。
「助けて」と言うことから始めてもいい。
一人で悩んでいると、
「こんなことで相談していいのかな。」
と思ってしまうことがある。
でも、
相談していい。
迷惑なんかじゃない。
「死にたい。」
「消えたい。」
「もう限界。」
「家に帰りたくない。」
「仕事に行けない。」
「お金がない。」
「どうしたらいいかわからない。」
それだけでもいい。
上手に説明する必要なんてない。
泣いてしまってもいい。
言葉が出なくてもいい。
まず、
「助けてください。」
と言ってみる。
それだけでもいい。
お金がないなら、お金の問題として相談していい。
これは、もっと言っていいと思う。
お金の問題は、心の問題でもある。
生活費がない。
家賃が払えない。
借金がある。
仕事がない。
家族を養えない。
そんな状態になれば、未来を考える余裕なんてなくなる。
だから、
「お金がない自分が悪い。」
と一人で責め続けなくていい。
生活困窮、法律、金融など、それぞれの問題に対応する相談先がある。
そして僕自身も、
過去に社会制度を利用したことがある。
それを、今では恥ずかしいことだとは思っていない。
あのとき必要だったから、利用した。
それでいい。
制度は、
「弱い人だけが使うもの」
ではない。
困った人が、生きるために使うものだ。
一人親だから、弱いわけじゃない。
子どもを一人で育てている人もいる。
仕事をしながら、
家事をしながら、
子どものことを考えながら、
お金のことまで考えている。
それだけで、相当な負担だと思う。
「親だから頑張らなきゃ。」
「子どもの前では弱音を吐けない。」
そう思ってしまうかもしれない。
でも、
親だって人間だ。
疲れる。
苦しくなる。
泣きたくなる。
助けが必要になる。
だから、
「自分だけで何とかしなければ。」
と思わなくていい。
子どもを守るためにも、
まず親自身が倒れないことが大切だ。
いじめは、あなたの価値を決めない。
いじめられていると、
「自分が悪いのかな。」
と思ってしまうことがある。
学校に行くのが怖くなる。
人に会うのが怖くなる。
自分自身が嫌いになる。
僕自身も、小学生の頃にいじめを経験した。
だから、
「気にするな。」
なんて言えない。
簡単に忘れられるものじゃない。
でも、一つだけ言える。
いじめを受けたことと、あなた自身の価値は別の話だ。
誰かがあなたを傷つけたからといって、
あなたの価値まで傷ついたわけじゃない。
あなたが悪いから、
あなたが生きる価値を失ったわけでもない。
暴力から離れていい。
虐待も、DVも、
「家族だから。」
「好きな人だから。」
「自分が我慢すればいい。」
そんな理由で耐え続ける必要はない。
暴力を受けている人が、
暴力を受け続けなければならない理由なんてない。
危険があるなら、
安全な場所へ移ることを考えていい。
一人で相手と戦おうとしなくていい。
第三者に相談していい。
専門機関に相談していい。
そして、
逃げていい。
これは弱さじゃない。
自分の命と、自分の人生を守るための選択だ。
「今いる島から一歩」は、大きな一歩じゃなくていい。
僕が昔書いた言葉がある。
目の前に浮かんでいる舟に
ただで乗せてもらう航海より、
お金を払ってでも
自分で舵をとる航海のほうが
いい景色がみられるものだ。
でも、今苦しんでいる人には、
「自分で舟を作れ。」
とは言いたくない。
まず誰かの舟に乗っていい。
誰かに助けてもらっていい。
社会の制度を使っていい。
専門家に頼っていい。
安全な場所へ移っていい。
そして、
少しずつ力を取り戻したら、
そのときに自分で舵を握ればいい。
人生は、
最初から一人で航海しなければならないものじゃない。
今日を越えることを、目標にしていい。
人生を変える。
夢を叶える。
成功する。
自分らしく生きる。
そんな大きな目標は、
今は必要ないかもしれない。
今、死にたいほど苦しいなら、
今日を越えることだけで十分だ。
明日のことは、明日考えればいい。
今週のことは、今週考えればいい。
人生全部の答えなんて、
今日出さなくていい。
そして、
「もう少しだけ生きてみよう。」
と思えたら、
それだけでいい。
生きるために、誰かを頼っていい。
もし今、
「死にたい。」
「消えたい。」
「自分を傷つけてしまいそう。」
というところまで追い込まれているなら、
この記事を最後まで読んで、一人で考え続けないでほしい。
誰かにつながってほしい。
これは、
「あなたが弱いから相談する」
のではない。
生きるために行動しているだけだ。
僕は、今、生きている。
僕は、
いじめを経験した。
虐待も経験した。
社会が嫌になった。
人生を投げ出そうと思ったこともある。
お金に困った。
社会制度の力を借りた。
それでも、
今、僕は生きている。
そして今、
デザインをしている。
ブランドをつくっている。
文章を書いている。
自分の経験を、
誰かに伝えようとしている。
昔の自分には、
こんな未来が来るなんて分からなかった。
だから、
今、苦しんでいる人にも、
未来を決めつけてほしくない。
今の自分を見て、
「この先もずっと、このままだ。」
と決めないでほしい。
僕にも分からなかった。
だから、あなたにも分からない。
未来は、まだ決まっていない。
生きているから、誰かの力になれる。
僕は今、
「社会に助けてもらわなくても生きられるようになった。」
ということだけを言いたいわけじゃない。
むしろ、
一度、社会に助けてもらったからこそ、今度は自分が誰かの力になりたい。
そう思うようになった。
助けてもらった経験は、
恥ではない。
その経験が、
いつか誰かを助ける力になることだってある。
どん底にいた経験も、
無駄じゃない。
傷ついた経験も、
無駄じゃない。
泣いた夜も、
無駄じゃない。
生きてきた時間そのものが、
いつか誰かに渡せる言葉になることがある。
だから、
生きろ。
あなたの経験を、
まだ終わらせないでほしい。
あなたの人生は、まだ途中だ。
今いる場所が苦しいなら、
場所を変えていい。
一人で無理なら、
誰かを頼っていい。
お金がないなら、
お金の問題として相談していい。
家が危険なら、
安全な場所を探していい。
学校が苦しいなら、
学校以外の場所を探していい。
仕事が苦しいなら、
仕事を辞めることを考えてもいい。
心が限界なら、
休んでいい。
人生が分からないなら、
分からないままでいい。
まず、生きる。
その次に、
考えればいい。
そして、
少し元気になったら、
また一歩進めばいい。
人生は、
一日で完成するものじゃない。
― 独創誠心 ―
生きろ。
強くなくていい。
立派じゃなくていい。
夢なんて、
今はなくてもいい。
ただ、
今日を越えよう。
一人で無理なら、
誰かの手を借りよう。
逃げてもいい。
立ち止まってもいい。
泣いてもいい。
社会に頼ってもいい。
助けてもらっていい。
そして、
いつか少しだけ力が戻ったら、
今度はあなたが、
誰かの手を握ればいい。
人生は、
一度つまずいたくらいで、
終わりじゃない。
何度でも、
場所を変えられる。
何度でも、
やり直せる。
何度でも、
新しいページを開ける。
だから、
生きろ。
あなたの物語は、
まだ途中だ。
まだ、終わっていない。
Live.
You don’t have to carry everything alone.
You don’t have to solve everything today.
Find a safe place.
Reach out.
Take one more step.
Your story is not over.
KENJI FUKUMOTO



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